お侍様 小劇場

   “思わぬ伏兵?” (お侍 番外編 33)
 


薄暗い空間は、さして広くはないからか、
垂れ込めた空気も淀んでいての、どこか息苦しくて。
さほど機密性が高い訳でもないのだけれど、
それでも扉を閉じてしまうと、外界の気配は随分と遮蔽されてしまう。
実を言うとこの空間は、あまり好きじゃあない七郎次であり。
自分が使うものも収納されてはいるけれど、
以前はそれほど意識もしないで出入りしていたところだけれど、
あの事件が、あのおぞましいこととの遭遇があってからは、
ついつい何をか意識してしまい、
踏み込むといつも、身が堅くなってしまい、
神経もどこかしらささくれ立つようになってしまった。

 “だいじょぶ、だいじょぶ。”

だって あれからはずっと何事も起きてない。
それにもう秋も終わろうという時期じゃないか。
ただでさえこんな何にもないところに、そうそう出没するものか。
怖いと思うから何でもないものまでが怖くなるのだと、
思う端から…それにしてはちょっぴり及び腰なまま。
ぱちりと蛍光灯を灯し、空間のすみずみを見回して、
目的の棚へまで歩みを進める。
スチールラックの3段ほどに仕切られた棚の真ん中に、
いつも使っている小ぶりのプラスチックのバケツと、
熊手や少し長い移植ごてが収められていて。
花壇の模様替えにはこの一式がどうしても要るからと、
それで取りに来ただけなのだが……、

  ――― かさり、と

それは微かなものながら、不吉な音がしたものだから。

 「…っ!」

棚へと伸ばしかかっていた手が止まり、
デザインシャツとプルオーバーの下、背条が一気に冷たく凍る。

  嫌な音を聞いた、嫌な音を聞いた。
  気のせいだと思いたいけど、
  ……あ、また聞こえた〜〜〜〜。

うなじから後ろ首にかけて、ぎゅうっと詰まって喉まで絞まる。
それでも何とか声を出し、

 「……きゅ、久蔵殿。」

さっきまで一緒にいた人の名前を口にする。
そこにいるんでしょ? 返事して下さい。
ねえ、聞こえませんか?
そこで待ってるって、見送ってくれてたじゃないですか。
返事して下さいよぉ、聞こえませんか?

 「きゅうぞうどの…。」

かささという不吉な音がまた聞こえ、
あああ、あんまり動くと寄って来るかもしれない。
確か、炭酸ガスの気配に寄って来るんだっけ?
あ、それは蚊かな?
混乱しかかり、息が早まる。
薄暗いから尚更に、相手がどこにいるのか判然としなくて、
不安がますます煽られる。

  どうしようどうしよう、出口はどっちだったっけ。
  ああ、でもさっきの音って、そっちから立たなかったか?

いい年をしてと思うが、こればっかりは仕方がない。
今がそうなように、総身が凍って身動きさえ出来なくなるのだもの。
ああ、誰か聞こえないですか。
どうにかして、ここから連れ出して……。
頭の芯がグルグルしだしたその時だ。

  ―― がちゃり、と

背後からそんな音がして、扉が開いたのと同時にすべり込んで来た気配。

 「シチ。」

ああ、凍ってた背中が少しだけ暖まる。
二進も三進もいかないでいた身のすぐ傍らへ、
ほんの数歩を一気に詰めて来た人影があって、
手際よく腕を伸ばして来ると、
こちらの肩を抱き、頭を抱え込み、

 「大丈夫だ。」

足元にはないもないから、目はつぶってていいと。
いやさ、どこも見るなと。
素早く掻い込みながら、そうと囁いてくれた久蔵が、
そろりそろりと誘導してくれて。
暗いところや怖いところでは、不意に何かが触れないかが怖いもの。
ご自身は怖いものなんてないくせに、それが判っていなさるか。
こっちの身を出来るだけすっぽりくるむようにして、
肩から背からと精一杯に腕を伸ばしてのくるみ込んでくれるのが、
ぎゅうと密着してくれているのが、何とも心強くって。

 「あ…。」

瞼の裏が赤くなり、ああ外へ出られたと、少しだけ安心してもなお、
こっちこっちと引く手は緩まず。
そんな自分たちの傍らを、誰かの気配がすれ違う。

 「島田。」
 「ああ。」

短いやり取りだけ残し、
どうやら勘兵衛が今まで七郎次がいた収納庫へと向かったらしく。
けれど、それを見届けもせずの、どんどん歩いて、
ようやく立ち止まったのが…リビングへ直接上がれる大窓の前。

 「ほら、上がろう。」
 「はい。」

さっきまでいた、明るい午後の陽だまりの中。
ソファーに腰掛け、ああ戻って来れたんだと、
やっとのことで肩からの力が抜けたおっ母様であり、

  …… もうお判りですよね?
       何へこうまで緊張していた彼なのか。
(苦笑)

島田さんチには、外づけの半地下になってる収納庫があって。
庭いじりの道具や、車用の清掃用品などが此処へと収められているのだが。
そこへと踏み込んだその途端、苦手なものへは感応も鋭くなるものか、
何をか感じ取ってのそのまま、総身が凍ってしまった七郎次であったようで。

 「始末はつけて来たぞ。」
 「…。(頷)」
 「わざわざすみません。」

丁度居合わせて下さって、間がよかったのやら悪かったやら。
せっかくのお休みだってのに、
燻煙殺虫剤を焚く身となろうとは思わなかった勘兵衛に違いなく。
「こうまで肌寒くなっても出ようとはの。」
「ええ。しかも食糧庫じゃあないんですのにね。」
そんな会話を交わしつつ、
ここまでのずっとを付き添っててくれた久蔵へも、

 「…情けないですよね。日頃大人ぶってるものがこれじゃあ。」

そんな心境じゃあなかろうかと、まだちょっと震える声にて自嘲すれば。
「〜、〜、〜。(否、否、否。)」
ふわふかな金の綿毛をふりふりと揺すぶって、次男坊が否定を示す。

 「苦手は誰にだってある。」
 「ですが。」

余程に怖かったのか、唇が乾いてしまってのまだちょっと落ち着かぬおっ母様へ、

 「俺は、」

言い諭したいか、それにしては…横合いからすがるように擦り寄って、
大好きな母上の懐ろに身を伏せた次男坊。

 「俺は、そんな顔をするシチを見ると、どうしていいか判らなくなる。」
 「あ…。///////」

眉を下げての瞳も歪め、
今にもきゅうんという切なげなお声が聞こえて来そうな、
そんなお顔になって掻き口説くものだから。
彼までもを不安にしてどうするかと、そこは母性が刺激されたらしくって。

 「ごめんなさい。しっかりしなきゃですよね。」
 「シチ。////////」

何とか頑張り、小さく微笑って。
愛しい坊やの白い額へ、自分のおでこをこつんこと合わせるおっ母様。

 “いやまあ、持ち直してくれれば重畳ではあるが。”

綺麗どころがそりゃあ睦まじくも寄り添い合ってる図は、
何とも微笑ましい限りだが。
見やる側としては…何だか疎外感がなくもなく。
いかにもな燻煙剤の香をかすかにまとった御主に気づき、
そちらへも手を延べての、
愛しい家族お二人に、右から左からと抱きすくめられ、
大変な目には遭ったが、
凍えた胸の底、十分に暖めてもらった母上だったらしいです。





  〜Fine〜 08.11.13.


  *if話がいよいよの正念場に入るのですが、
   どうも何だかややこしい展開になりそうなのでと、
   こんなお話で逃避をしてます。

   おっ母様は相変わらず、例のアレが苦手ならしく。
   そして、ご家族がまた、こうまでの過保護を続けております。
   これでは克服出来ようはずがないでしょうにね。
(苦笑)


めるふぉvv
めるふぉ 置きましたvv

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